1 はじめに
こんにちは。弁護士・中小企業診断士の正岡です。
会社として、指導しても問題行動を繰り返す労働者に対して「退職勧奨」を検討する場面があるかと思います。
しかし、退職勧奨には法的なリスクもあり、対応を誤るとトラブルに発展することがあります。
本記事では、退職勧奨とは何か、退職勧奨のメリット、退職勧奨の注意点をお伝えします。
2 退職勧奨とは
退職勧奨とは、会社が労働者に対して、退職を促すことをいいます。会社が労働者との間で退職に向けて話し合い、労働者に自分の意思で退職してもらうことを目指すものです。
これに対して、解雇は、会社側が一方的に労働者との雇用契約を終了させる意思表示です。
退職勧奨と解雇は、次のとおり全く性質が違うものです。
退職勧奨:退職に向けた話合い。あくまで労働者の意思と判断が前提。
解雇:会社が一方的に(労働者の意思は関係なく)雇用契約を終了させる。
3 退職勧奨のメリット
退職勧奨によって退職してもらうことのメリットは、解雇に伴うトラブルを防ぐことにあります。
皆さんもご存じかと思いますが、解雇が有効となるのは、一般的にはハードルが高いです。
解雇の要件として、解雇に客観的に合理的な理由があること、社会通念上の相当性があることが必要とされています。労働者を辞めさせるのがやむを得ない状況が必要で、裁判では会社がこれを証明しなければなりません。労働者からすると、一方的に生活の糧を奪われるため、これを正当化できるだけの事情を会社が証明する必要があります。
会社が裁判で負けた場合、解雇期間中の給料を労働者に支払う必要があります。例えば、解雇から1年半が経過し、月給が30万円の場合では、単純計算で30万円×18か月=540万円を会社が支払うことになります。
それでは、会社が裁判で勝った場合の負担はどうでしょうか。このような給料を支払わなくてよいので、会社の負担は小さいのでしょうか。
決してそのようなことはなく、労働者から裁判を起こされた時点で、会社の負担は多大なものになります。
まずは、会社側の労力です。裁判で判決を出してもらうことになると、1審だけで1~2年はかかります。判決に不服を申し立てた場合は、もっと時間がかかります。
この長期間、弁護士と何度も打ち合わせをしたり、裁判で証言をしたりと、会社側の労力は小さくありません。
次に、弁護士費用の負担です。弁護士費用は、裁判の種類や事案の内容、解決までにかかる期間などによって様々ですが、100万円を超えることは珍しくありません。
このような負担を考えると、解雇はできるだけ避けたい選択肢です。
そこで、退職勧奨を検討することになります。退職勧奨をして、労働者に自分の意思で退職してもらうことができれば、トラブルを避けられるからです。
4 退職勧奨の注意点
退職勧奨にはいくつか注意点があります。
(1)労働者の退職の意思表示が必要
「退職勧奨をすれば退職の効果が生じるのか」という趣旨のご質問を受けることがあります。
しかし、退職勧奨は労働者と話し合って退職を促すものに過ぎませんので、労働者が退職の意思を示してくれなければ、退職とはなりません。
会社側が一方的に労働者との雇用契約を終了させるのは解雇です。退職を促すだけの退職勧奨と、一方的に雇用契約を終了させる解雇は全く性質が違うことにご留意ください。
(2)違法な退職勧奨
労働者には退職勧奨に応じる義務はありません。労働者が退職勧奨に応じないからといって、労働者の自由な意思決定を阻害するような不当な方法で行うと違法になってしまいます。
会社が違法な退職勧奨をした場合、労働者から慰謝料の支払を求められたり、退職の意思表示を取り消されたり、その間の給料の支払を求められたりし、トラブルに発展することがあります。情報の拡散によって会社の社会的信用が失墜することもあります。
ア 労働者を威圧、侮辱するような言動
労働者を威圧したり、侮辱したりするような言動は、退職強要やパワハラです。
例えば、机を叩きながら、「早く辞めろ。」と怒鳴ったり、「仕事ぶりが新入社員並みだ。」「他の社員の迷惑だ。」「お前のせいで会社が潰れる。」などと発言するイメージです。
労働者の意思を尊重し、冷静に話し合いをする必要があります。
イ 退職に追い込むための嫌がらせ
退職に追い込むための嫌がらせも違法です。
例えば、退職勧奨に応じないことを理由として、職場で対象労働者を無視したり、業務に必要な情報を与えずに孤立させる、これまでの業務とは関係の薄い雑用ばかりを命じる、必要性又は相当性のない配置転換を命じるといったイメージです。
これもただのパワハラであり、退職勧奨として正当化されることはありません。
ウ 執拗な退職勧奨
労働者の自由な意思を害するような執拗な退職勧奨も違法です。
頻繁に長時間の退職勧奨の面談を行う、例えば、1回あたり3時間の面談を3か月の間に30回行うといったイメージです。
労働者の自由な意思決定を害さないためには、面談時間は1回あたり30分、初回面談などで時間がかかる場合でも1時間以内にした方が無難です。面談回数も、労働者との話合いに必要な回数に抑えるべきです。事案や協議内容によって異なるため一概に言えませんが、5回以内に抑えたいところです。
また、労働者が退職勧奨の面談に応じられないことを明確に伝えてきた場合、退職勧奨を続けることは避けるべきです。この場合に退職勧奨を続けることは、労働者に対する嫌がらせになってしまうからです。
エ 労働者をだますような退職勧奨
労働者を懲戒解雇できるほどの事情がないのに、「自分で退職しなければ懲戒解雇する。」と伝えるなど、労働者をだますような退職勧奨も違法です。
このような方法で退職しても、後から退職が取り消され、退職していないことになったり、その間の給料を労働者に支払うことになったりします。
(3)労働者に納得してもらうための努力が必要
通常は労働者に対して、急に「やめてくれませんか。」と伝えても、労働者は納得できないでしょう。辞める理由が分かりませんし、今後の生活の不安も大きいはずです。(ただし、会社の金銭を横領した客観的な証拠がある、無断欠勤が長期間に渡っているなど、退職すべき理由が分かるような事案もあります。)
そこで、労働者に納得してもらうための会社側の努力が必要です。
例えば、職務能力が不足している労働者であれば、退職勧奨をする前に、会社として指導やフィードバックを繰り返し、改善を求めることが必要です。労働者に日報を書いてもらうこともあります。このような改善指導をして初めて、労働者は会社に求められている仕事ができていないことを理解できます。
ハラスメントをする労働者がいるのであれば、退職勧奨をする前に、指導したり、戒告などの懲戒処分を行ったりして、改善を促すべきです。(ただし、ハラスメントの悪質性が高かったり、引き起こした結果が重大だったりした場合、退職勧奨や解雇をすることもありますので、事案によって対応が異なることにご留意ください。)
また、転職期間相当の生活費(例えば、3か月分の給与など)を退職金として支給することや、雇用保険に関して会社都合退職として取り扱うことを条件として提示することもあります。会社都合退職とすれば、雇用保険の給付を早く受けられる、受給できる期間が長くなるといった労働者のメリットがあります。
なお、雇用保険では、退職勧奨による退職は会社都合退職(雇用保険法23条2項2号、雇用保険法施行規則36条9号による特定受給資格者)となりますので、原則として自己都合退職と扱うことは避けるべきです。退職勧奨を受ける労働者からしても、自己都合退職と扱われては納得できないでしょう。
(4)記録化する
会社が適切な退職勧奨を行ったとしても、労働者から退職を強要されたと主張されることがあります。
また、労働者と退職で合意したとしても、後から「退職を撤回したい。」「退職するとは言っていない。」「解雇された。」などと主張されることもあります。
そこで、退職勧奨を適切に行ったことや、退職の合意ができたことは記録に残しておくべきです。
例えば、退職勧奨の面談時には、面談内容を録音しておくことが考えられます。
また、労働者が退職の意思を示した場合は、必ず退職届を提出してもらいます。可能であれば、会社と労働者との間で退職に関する合意書を作成することもあります。
(5)雇用関係の助成金が一定期間受給できなくなることがある
雇用関係の助成金は、その種類によりますが、一定期間(6か月~1年など)に会社都合による離職者を出していないことを要件とされることが多いようです。
そのため、退職勧奨による退職があった場合、雇用関係の助成金が一定期間受給できなくなることがあります。
雇用関係の助成金の受給を予定している会社では、退職勧奨を行う際に、助成金を受給の可否を検討しておくべきです。
(6)自社の採用や人材育成の仕組みを振り返る
退職勧奨の要因に、その労働者が自社に合っていなかったこと(採用のミスマッチ)や適切な人材育成ができなかったこと(人材育成の問題点)があることは多いです。
これらの要因がある場合、改善策をとらずにいると、また同じ事態が起こってしまいます。
採用方法や人材育成の問題点がなかったか振り返りを行い、要因を考え、改善策をとるという姿勢が重要です。
5 さいごに
ここまで長文をお読みいただきありがとうございました。退職勧奨の注意点のイメージをつかんでいただけたのではないかと思います。
しかし、退職勧奨は、それを行う会社側の理由や、対象となった労働者の考え方も様々であり、その進め方は非常に悩ましいものがあります。
不安や疑問があれば、社会保険労務士や弁護士などの専門家の力を借りていただきたいと思います。
この記事が少しでも皆様のお役に立つと幸いです。